母親たちのジレンマ 2


こんにちは。


わたしは前回、前提を疑ってみるといいと提案しました。


自我発達のルートは果たして一本きりなのか?


・・・と。


自己主張に頼らないパーソナリティ・自我発達が考えられないのでしょうか。


前提を疑い、新たな見方を見つけるためには・・・


子どもたちの生活の場で子どもの自己主張がどのように扱われ、どのように評価されたり方向づけられているのかをもう一度きちんととらえ直す必要があると思えます。


合わせて、それらが加齢とともにどのように変化するのか、あるいは次の年齢段階の行動パターンの形成とどのように関係するのかをしっかりと見据える必要があると思えます。

母親たちのジレンマ


母親たちの考え方は、強いジレンマに対する彼女たちなりの防衛の結果であると考えると、つじつまが合うようにも思えます。


・・・そのような影響は、もしかすると熱心でよく考えている母親で最も強いのではないかと予想することさえできます。


ある行動特性の適応的意味は、それ自体で決まるわけではありません。


それは、ある行動特性が日常生活の中でどのように取り扱われ、意味づけられるかに強く依存して決まるのです。


このことは、もし仮に自己主張の健全な発達が真の自我発達に不可欠なのだとしたら、広く浸透している日本的な社会的関係の枠組みの本質的な変化こそが必要になるであろうといいかえることができます。


ここで改めて、私たちは自戒を込めて問い直してみてもよいのではないでしょうか?


前提を疑ってみるのです。

本当の幸せとは? 8

一九九〇年三月三十一日(土)、中央労基署から「葬祭料支給通知」が、普通ハガキで送られてきた。

こんなにも遺族が必死の思いで訴えつづけてきたことに対し、「葬祭料」、しかも普通ハガキで送るというずさんさ。

「これだけではわからない」と、もう一度労基署に赴くと、二週間後、「労災認定」の通知がわが家に届いたのである。

「あんなに働いたら倒れてしまう」。

そう思っても、防ぎきれなかった家族の死。

いままで残された家族は、過労死を、個人の死として諦めるしかなかった。

諦めきれずに労災申請しても、認定の壁はあまりにも厚い。

その壁を破るには一人ではあまりに弱すぎる。

同じような立場にいる人が集まり、力をひとつにして立ち上がってみよう。

遺族のやりきれない心をわかちあえる場を作ろう。

そして、辛くて負けそうになったとき、生きる意味を、方法を、確かめあおう。

この共通の思いが、一九九一年五月、「東京・過労死を考える家族の会」を結成した。

「生きることは権利なんだよ。

働くことも権利なんだよ」と言っていた夫。

敬虔なクリスチャンとして、いつもその糧を子どもにも私にも、そして会社にも、豊かに与え続けた夫。

子どもからも満点のパパと評され、尊敬されていた。

生きる活力だった彼を失った私は、突然死を量産してもなお回転しつづける現代社会に対し、警鐘を鳴らし、「労災補償を遺族に」と訴えつづけよう。

「ノウ・モア・カローシ」のために皆の力を結集しよう。

彼が教えてくれた、大きな愛の心を持ちながら、愛がこの世に生きる権利を再現させることを希って。

こういった闘いというのは一人ではなかなかできませんからね。頑張ってほしいと思います。

本当の幸せとは? 7

しかし、この現地調査を終えても、調査官はこう言った。

「鑑定人の仕事は、自己裁量のできる軽微な仕事だ」と。

夫の受けたストレス、厳しい作業環境など、調査官にはわかってもらえなかった。

そのうえ、「大井埠頭での冷凍食品の検査をしていたときは、君津での鋼材鑑定業務をしていないのだから、過重労働ではない」と、非常識なことまで言ってのけたのだ。

官僚の無知うを無知とも思わない排他的な論理。

どういう基準で判断しているのか、想像もつかない非常識さ。

過重労働の立証責任が申請人にあることも、不可解なのだ。

労働にかんする専門の役所が、過重労働かどうかを判断できない場合は、「疑わしきは罰せず」の法則で、遺族を救済するべきではないのだろうか。

また、労災認定には、「医証」(労働基準監督局の医師の意見)が重要な役割を果たすのだが、亡くなった人間を直接診たわけでもなく、提出書類の熟読もしない一人の医師の書く数行が過重労働と発症の因果関係を示し、「業務上・外」の決め手となる。

カンラスの場合も局医の判断は「業務外」だった。

しかし、夫には支援共闘会議のほかに強い味方が現われた。

労基署の判定の出る直前、君津の製鉄運輸会社の係長、日本貨物検定協会の検定人からの陳述書を提出した。

また、同じ鑑定人も陳述書を書きはじめていた。

これらの陳述書は認定基準と合致していることを再確認でき、これが、夫の徹夜作業と、その過重性を立証してくれた。


なんだか、見方になってくれる人が出てきて良かったですね。

ユニークな家3

家具やソファー ベッドだけで簡単に仕切った広い一階の内部は、玄関側が応接や居間に相当するところで、ここだけは鉄板が隠され、壁も天井も檜で仕上げてある。

一階の南の奥の半分は二階まで吹抜けのぜいたくな空間で、食事のコーナーと書斎コーナーになっている。

一階の東のカーブした壁にそった部分はすべて天井までの高い書棚が占めている。

一階西側の中央部に二階に登る階段があるが、これを三段ほどあがった床面に、カーブのついた波形鉄板で仕切られた台所と機械室がある。

一階の床はすべて三・ニミリ厚の鉄板敷きである。

これはドブ板や、段差のある建物入口と道路面との境に使われる土木用の敷板である。

この下に温水管が通っているから、熱を早く伝えられて効果的であるし、スベリ止めがついているので便利でもある。

安くて丈夫でその上錆びずらい。

純度の低い鉄ほど錆びにくいのである。

日本の俗信と占い


中国では三本足のからすを金烏といって、太陽の象徴としています。


日本の俗信ではあまり尊ばれず、からすが朝鳴くのは凶兆、また近親か近隣の誰かが死ぬ前兆といいますね。


・・・ただし、逆に、夕方に鳴くのは吉兆といいます。


鳩は中国では上帝の象徴であり、また三枝の礼鳥といわれ、縁起のよい鳥とされているけれど、鳴き声を忌む人もあります。


源実朝が鶴岡八幡宮で公暁に刺殺された日の朝、出かける前に実期の館の屋根の鳩がいっせいに鳴きさわいだため・・・


君側の者が今日は武装を召されたほうがよいと奨めたのに、実朝は武装しないで参詣して遭難したといいます。


鳩の朝鳴きを凶兆とする風習があったのです。


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ユニークな家2

「しかし、台風のときに停電になったりしますので、アメリカから発電機を買いました、なぜアメリカからかというと、アメリカの農家ではいまでも自家発電をしておりますので、ありふれていますから単価が安いわけです」

機械室には灯油焚きボイラーのほかに大型ガス湯沸し器があり、これで給湯を行なうのだが、省エネのためにいまは簡易太陽熱温水器がこれに加わった。

三年ほど前、メーカーからガス湯沸器の貯湯槽だけを、分けてもらって作ったのである。

これに配管をして陽のよく当る南側の砂利の上に倒してある。

ベッド 通販などをはじめとした家の中の配置は図のようになっている(川合さんが書いたわけではない、『モダンリビング』誌が実測して書き起こした設計図である)。

北側に円筒本体から張り出した玄関がある。

表の扉は木製の両開きで、玄関と室内の境の内側扉はガラス板のドアである。

海辺の鍛治町

○出雲鉄山と安来(島根県)

伯州鉄山に対して日野川をはさんだ西側には、いわゆる出雲鉄山が広がっている。

最近、技術保存や研究のためにタタラ吹き(砂鉄精錬)がこの地に再現されて関心を集めている。

ここで作られた鉄は広瀬町などを通って安来の港に集められ、そこから西回り廻船に載せられて、大阪の鉄座や東日本の港まではこばれた。

今日、安来には「和鋼記念館」があって、製鉄史料を一般に公開している。

今ではロートアイアンを作る鍛冶屋もあるようだ。


○靹の釘・碇と農鍛冶(広島県)

瀬戸内海は塩飽諸島をはじめとして造船がさかんであったから、それに用いる舟釘・碇を必要とした。

靹はこの釘作り、碇作りで知られているが、それ以外に、島々の農民が用いる鍬の先掛けを行う農鍛冶も少なくなかった。

両者は一体となって鍛冶集団を作っていたが、どちらも取り扱うというのではなく、碇鍛冶、農鍛冶、釘鍛冶と区分されていた。

ユニークな家1

もっともこの立派な設備は、スイッチを入れたまま長期に家を留守にするという不注意から、パイプを凍らせた結果、いまは使えなくなっている。

そんなこともあって、昨年の冬、ソファー 通販などを置く寝室を二階の南隅に移した上、内側に五〇ミリの断熱材(クラスゥール)を張りつけた。

普通は壁や天井の中に隠ぺいするものだが、川合さんは露出したままにしてある。

一七年間に改装を加えたのはここだけで、あとはまったく手をつけていない、また、驚いたことに、台風に備えて小さなコンプレッサーまで用意されている。

もし、耐風計算を間違えていて台風の時家が飛ばされそうになったら、圧搾空気が必要になるというわけである。

台風が始まったら電気コンプレッサーを回して圧力のバランスを取るのである。

そして、川合さんのユニークさは次の話にもっともよく現れている。

夢の田舎暮らし4

ヒマワリなど苗を都市のアパートのベランダで育てて運ぶという手もあります。

春先から利用する人たちは、実のなる木を植えると花も楽しめます。

またハーブの好きな人は、ラベンダーやポリジ、タイム、パイナップルセイジなど香草を植えると香りも楽しめます。

かわいい花なので近くで見られる場所に植えます。


■野の花も役者です
より自然のままが好きな人は、その土地にもともと生えている野草やその花をうまく整理してゆき、自分好みの野草園や野の花の小道を作って楽しむのもよいではないでしょうか。

■植木鉢にもいろいろ工夫を
プランターや空き樽など市販のものがたくさん出回っています。

置く場所や植える花 種によって大きさや高さをよく考えてから求めましょう。

また自分で工夫して不要になった火鉢などを利用してユニークな花壇を作るのもアウテリアの楽しみです。

■花が咲くと、昆虫や小烏たちも寄ってくる
草花を植えて育てていると、花に集まってくる昆虫や小鳥たちに出会う楽しみも味わえます。